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未来を拓く、確かな力

三浦のぶひろのプロフィール

三浦のぶひろ

三浦 のぶひろ(信祐)

Miura Nobuhiro

参議院議員

1975年3月5日生まれ。宮城県仙台市出身、横浜市在住。
千葉工業大学工学部金属工学科を卒業後、東京工業大学(現・東京科学大学)にて博士(工学)を取得しました。
研究者・教育者として、後に防衛大学校准教授として教壇に立ち、専門性と教育力を培いました。

2016年の参議院議員選挙で初当選、現在は2期目を務めています。
公明党では選挙対策委員長、安全保障部会部会長、科学技術委員会委員長などを歴任し、国の安全・科学技術・福祉・経済の現場に立って活動しています。

家族は妻と娘、愛犬チワプーのメイと暮らしています。


数字と図解で知る三浦のぶひろ

参議院議員選挙
2016
初当選
2022
2期目当選
出身
宮城県仙台市
宮城県仙台市 1975年
高校
福島県福島市 福島高校卒
大学
千葉県習志野市 千葉工業大学卒
大学卒業後
18 年間
防衛大学校勤務
離着陸をしたことがある
日本の空港数
44 空港
99空港中
神奈川県内の
乗り降りした駅の数
298
389駅中
身長
180 cm
これまでの
国会質問数
本会議 委員会調査会
44
140
2月25日現在
体重
80 kg
尊敬する人
野口英世
訪問したことのある
都道府県数
47 都道府県
血液型
A

ヒストリー

政治を志した理由は、特別なものではありません。
日常の中で感じた違和感が原点です。

命と向き合う原点 1975-1981

学び続けること、やり抜くこと。社会に役立つ力を身につけるための時間でした。

1975年、宮城県仙台市に生まれる。
母と4歳下の弟との母子家庭で育つ。

母は仕事を掛け持ちしながら、兄弟に習い事をさせ、何不自由なく育ててくれた。しかし生活は決して楽ではなく、自分の食事を切り詰める母の姿を目の当たりにする。

「家族を守る」という思いは、この頃に芽生えた。小学校5年生の夏、日航ジャンボ機墜落事故の報道に触れる。
その出来事は、命の重さと、命を預かる責任の大きさを強く刻み込んだ。

伝記に触れ、とりわけ野口英世の生き方に感銘を受ける。困難な状況でも道を切り拓く姿に、自分の進むべき方向を重ねた。

家族を支えたい。守りたい。
その思いが、行動の原点となる。

技術への探求 1987-1997

学び続けること、やり抜くこと。社会に役立つ力を身につけるための時間でした。

福島へ移り住み、環境の変化の中でも努力を続ける。
部活動と勉強の両立に取り組み、福島高校へ進学。

好奇心が強く、一つのことに深くのめり込む性格はこの頃から顕著になる。やがて航空機に関わる分野を志し、金属工学の道へ進む。

大学では生活費と学費を支えるため、複数のアルバイトを掛け持つ。学習塾講師として人に教える経験を積む中で、「伝えること」の手応えを知る。

一方で、学業との両立に苦しみ、思うように進めない時期も経験する。そのとき支えてくれたのは、先輩の存在だった。
「人に支えられて前に進む」経験は、その後の人生の基盤となる。

研究の道に進んでからは、昼から終電まで研究に没頭する日々。
航空大学校への挑戦も続けるが、結果は伴わず、大きな壁に直面する。

それでも、自らの道を見失うことはなかった。

現場と研究の融合 1997-2015

研究と教育の現場で、人と向き合い続ける中で、社会に必要な力とは何かを問い続けました。

防衛大学校で研究者としての道を歩み始める。
周囲は博士号取得者ばかりの環境。
その中で遅れを取り戻すため、地道な努力を積み重ねる。

スランプを経験するが、再び周囲に支えられ乗り越える。このときの研究が、後の博士論文の核となる。

学生と同じ目線に立ち、共に生活し、語り合う。単なる指導者ではなく、「伴走する立場」を貫いた。

国際会議での受賞、博士号取得。
成果は着実に積み上がっていく。

一方で、家庭では子育てにも深く関わる。仕事と育児を両立する中で、社会の制度と現実のギャップを実感する。

社会を動かす決意 2011-2015

震災をきっかけに、技術だけでは守れないものがあると知りました。
社会を動かす責任を、自ら担う決意を固めた時間です。

2011年、東日本大震災。
研究室で被災し、故郷やゆかりの地が甚大な被害を受ける現実に直面する。

さらに福島第一原子力発電所の事故。
多くの人が故郷を離れざるを得ない状況に、強い衝撃を受ける。

「命を守るために、技術だけでは足りない」
「政治と現場がつながらなければ、社会は変わらない」

研究者としての視点に、社会を動かす必要性が重なった瞬間だった。

現場から制度へ 2016

震災をきっかけに、技術だけでは守れないものがあると知りました。
社会を動かす責任を、自ら担う決意を固めた時間です。

研究者としての経験を社会に活かすため、政治の道へ進む決意を固める。

現場の声に触れる中で、制度と現実の間にある課題の多さを実感。
一つひとつの課題に向き合いながら、政策として形にしていく必要性を強く認識する。

2016年、参議院議員選挙にて初当選。
多くの支えの中で、政治の現場に立つ。

これまでの経験を土台に、現場の声を起点にしながら、制度へとつなげていく取り組みを続けている。

政策実現へ奔走 2017 - 2022

これまでの経験を土台に、訴えた政策を実現するために奔走。
激動の1期目は、政治に携わる者の責任の重さを学び、力をつけることの必要性を叩き込んだ。気づいたらみんなの「当たり前」になっていることを仕事にしていく決意を深める

公明党青年局長に就任

全国を駆け巡り、青年世代の声を聞き、青年世代から政治を動かし政策を作り実現する「ユーストークミーティング」を展開。数百回にのぼりました。

全国から寄せられた声は、奨学金の拡充などの教育費負担の軽減、不妊治療の保険適用、携帯電話の引き下げ、心のサポーター制度などが実現。青年の熱と力で政治が動くことを経験。

コロナ禍

コロナ禍で社会活動が制限され、命と将来不安が積み重なる日本。命を支える現場と中小企業の皆様から徹底的に声を伺い続け、対策に奮闘。一人一律10万円給付の実現、医療・介護・障がい者福祉の従事者への支援と慰労金の実現、BCP策定支援、経済的な理由で大学修学を断念しないための予算確保と実質支援などを実現。

命と暮らしを守り抜くために、政治は結果を出すことを叩き込んだ。

神奈川県内で台風被害が連続して発生

2020年には神奈川県内で台風被害が連続して発生。災害現場に即座に駆けつけ、対応。甚大な被害が生じた箱根登山鉄道、東本牧はま道路や横浜港の護岸、オリンピック道路である国道413号の復旧等を実現。

現場第一、スピード対応の経験を積む。

経験を力に 三浦のぶひろのいま

政策実現を断行することを訴え抜き、皆様の真心からの応援を頂戴し、参議院議員2期目に当選。感謝は結果でお応えするしかないと行動を加速。

国家安全保障戦略等の安保関連3文書の策定に参画

2022年末から防衛大学校の教官として関わってきた卒業生が自衛官として活躍していることを思い浮かべながら、現実的な平和を持続するために積極的に議論をリードしております。先手を打ち続け、我が国の安保環境の基盤である積極的平和主義、専守防衛、非核三原則の堅持を堅持。

その上で、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力5つの柱を強化し、我が国の総合的な国力を総動員して、望ましい安全保障環境を構築する流れを事前に整えて、議論の基盤を築いてまいりました。国家の基盤となる安全保障政策に関与し、未来への責任を果たし続けています。

がん対策のこと

ライフワークとして、早期発見、早期治療の流れを作り上げる取り組みを邁進しております。治療の選択肢を増やし、最新の技術を導入していく挑戦をや止めません。経済安全保障の観点から、核医学治療に用いる医療用ラジオアイソトープの国産化へ、ゼロから政策を作り上げ、国家プロジェクトに昇格して着実に進展させています。

常に政策の最前線にいます

党内では経済安全保障、外交安全保障、科学技術・イノベーション創出本部長、障がい者福祉委員会委員長、うつ対策プロジェクトチームなど、政策推進への責任を担ってまいりました。法案、予算、制度を作り上げる常に最前線に立ち続けています。

選挙対策委員長として、ネットワーク政党としての力を最大限に発揮するため、全国の地方選挙に応援へ。政策の先に人の顔が見える政治を推進するために、一人でも多く共に戦う仲間を増やし、守り続けています。

政治は結果。実現力は優しさにつながる。挑戦は終わらない。

外交安全保障政策、科学技術の発展、がん対策、渋滞解消、インフラの強靭化、より良い神奈川県作りなど、政治が取り組むべき課題に結果を出すまで徹して働いています。

この瞬間も政治の温かみと希望を求めておられる方へ、寄り添うために邁進します。